独裁者「チャウシェスク」が建てた「国民の館」を知ろう!

独裁者「チャウシェスク」が建てた「国民の館」を知ろう!

 
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「ルーマニアに対して何かイメージするものは?」私はこの質問に対してルーマニアに行くまでは、何も答えられなかった。観光名所や文化や歴史など何も知らなかったのである。日本人の大半は私と同じく、イメージがないのではないか。しかし、ルーマニアに実際行ってみると見所が多く、何より濃い歴史を持った国なのである。

今回は、ルーマニアの一大観光名所である国民の館をレポートしていきます。合わせてこの国民の館を建造するに至った、ルーマニアの独裁者チャウシェスクについても解説していきます。

 

1989年までルーマニアはチャウシェスクの独裁国家だった!

国民の館を紹介する前に、ざっくりとしたルーマニアの歴史を学んでおくと感じるものが変わるので、まずは解説を。

ルーマニアは第二次世界大戦で敗れて、旧ソ連の傀儡政権を受けることになりました。しかし、ルーマニアは独自の外交路線を用いて、東欧各国や西欧との関係を強化していったために東欧の異端児と呼ばれるようになった。そして1965年に一党独裁国家となり、1989年に革命が起きて民主化されたのである。

この独立国家を率いたのがニコラエ・チャウシェスクという独裁者だ。彼は国民から巻き上げたお金を、自身の自己顕示欲に使うことになる。街中に銅像を建て、豪華な食事を食べ、チャウシェスクの家族は赤いフェラーリを乗り回していたのだ。この自己顕示欲の行き着いた先が国民の館だ。

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チャウシェスクが建てた世界2番目の建造物「国民の館」!

国民の館」と名前が付けられているが、これは「チャウシェスクの館」と言ってもいい。何しろチャウシェスクの自己顕示のためだけに、建設された館だから。権力を誇示するための国民の館、これは米国防省のペンタゴンに次いでこの世で2番目に大きい建造物(延床面積616,540m²)だ。

建造費用1,500億円、 地上10階、地下4階、部屋数3,000以上、エレベータ50基、クリスタルのシャンデリア3,000基、地下トンネル。国民の館の正面に伸びる通りは、パリのシャンゼリゼ大通りを模したが、幅が6メートル広くなってしまったという逸話も。数字だけでは中々イメージが付きにくいと思うので、早速写真を見ていきましょう!

ちなみに現在でも国会議事堂として機能していて、コンサートやパーティーなども行われている。あまりの広さ故に、マイケルジャクソンもここで演説をしてます。

シャンゼリゼ大通りを模した大通り。正面に見えるのが国民の館!

シャンゼリゼ大通りを模した大通り。正面に見えるのが国民の館!

 

幅275メートル、でかすぎる…。

幅275メートル、でかすぎる…。

 

こんな会議室がなんと3,000部屋もある!数が多くて全てを管理できてないそう…。

こんな会議室がなんと3,000部屋もある!数が多くて全てを管理できてないそう…。

 

国民の館に延びるシャンゼリゼ通り!マイケルジャクソンはこの広場に集まった人たちに向かって「ハロー・ブダペスト」と叫んだ。ここブダペストじゃなくてブカレストだよ…。それと真ん中にあるのがルーマニアの国旗、これって日本のあの団体と同じ…

国民の館に延びるシャンゼリゼ通り!マイケルジャクソンはこの広場に集まった人たちに向かって「ハロー・ブダペスト」と叫んだ。ここブダペストじゃなくてブカレストだよ…。それと真ん中にあるのがルーマニアの国旗、これって日本のあの団体と同じ…

 

ルーマニア革命が起き民主化へ、そしてチャウシェスクは逃亡

チャウシェスクへの不満が溜まった国民は、1989年に革命を起こします。チャウシェスクのいる建物の前に国民が集まり暴動を起こし、逃げ場を失ったチャウシェスクは、ヘリコプターでビルの屋上から脱出します。現地の人が彼はジェームズボンドの様ように逃げた、と言ってましたがそれくらい印象に残る逃げ方です。

下記に、その様子(1分辺りから)を貼り付けています。ちなみに、ヘリコプターで逃げたものの後に捕まり、チャウシェスクの夫婦共ども処刑されています。

ルーマニア革命 - バルカンの古都ブラショフ便りルーマニア革命 – バルカンの古都ブラショフ便り

 

この建物の屋上からチャウシェスクはヘリコプターで逃げました。

この建物の屋上からチャウシェスクはヘリコプターで逃げました。

 

ルーマニア革命で亡くなった人々を祈るモニュメント。

ルーマニア革命で亡くなった人々を祈るモニュメント。

 

独裁時代の名残の建造物が観光資源とは、なんとも感慨深いものがあります。あまりに大きい国民の館を実際に目の当たりにしてみると、先人の苦労が伝わってきます。

当時の国民は権力の前でただひれ伏すだけでなく、ルーマニア革命の元にチャウシェスクを処刑に追い込んだのです。下記では、ルーマニア革命はCIA(アメリカの中央情報局)が扇動したとの声もありますが、実際に革命に至ったのはルーマニアの国民です。

http://blog.goo.ne.jp/jinenin/e/5ae520c51ae8a8a388c15586b334a987

 

是非、東欧に行く機会がありましたら「東欧の異端児」と呼ばれるルーマニアに訪れて、その異端児を処刑に追い込んだ国民の想いを感じてみてください。

他にもルーマニアには、ドラキュラが誕生したドラキュラ城(ブラン城)や、ビートたけしのギャグでお馴染みの体操選手「コマネチ」の出身国でもあります。ドラキュラについては下記の記事で書いているので、ルーマニアに対する理解を深めてみよう!

また、隣国のモルドバは以前同じ国だったこともあり、ルーマニアと同じような文化を持っているので面白いですよ。

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